ブログどす
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「おはよう」
俺は三島一八にあいさつされた。
今日のトップニュースは暫定首位、以後しばらくは塗り替えられないだろう。
「……おはよう」
「お…お、おはよう」
二回もどもってしまった。だって聞き間違いじゃなくて、繰り返してあいさつされた。
だって一般的なあいさつをこの人と交わすなんて思ってもみなかったんだ。すんなりあいさつ、そのうえ笑ってる。うわあ、笑ってるよ、悪い顔じゃない顔で普通に笑ってるよ。あっそうかと、だからああこれは夢だなと思った。夢ならすんなりああそうかと思えるけど、夢じゃなきゃありえないっていうのは少しいけないと思う。あいさつぐらいまともに交わせない俺たちはおかしい。自然の摂理に反してる俺たち。
「どうした、変な顔をして」
「えっ」
どうしたんだろう。こっちが聞きたい。俺を案じた。俺を案じてくれる一番の人はもうはるか遠い所に行ってしまったけど、ほかに数人はいる。いると思う。だけど俺を案じるどころか逆に俺が萎れてればここぞとばかりに踏みつけそうな人達もだいぶいて、その筆頭の人が今俺を案じてるから俺はすごく困る。不思議を通り越して困った。
「……熱でもあるのか」
案じられた。ああそうか、朝の光に悪魔は弱いから弱ってるのかもしれないこの人。俺はなんともないけど。
「どれ」
ひやっ、ひゃっ。大きくて分厚い手がさっと俺の前を横切って、俺の額に触れた。母さんがしたように俺の額の熱を診ている。思った通りに冷えた手で、それから手のひらの皮は固かった。そうじゃない、俺はこの人となれ合ったりはしたくない、しちゃいけないだろう。
「触るな!」
思ったよりも大きい声が出たのは、きっと慌てていたからだ。いきなりいい人みたいになるこの人が悪い、だけど俺に戻ってきたのはどこか困ったようなあの人の顔と天井知らずの罪悪感だった。
「すまん」
しかも謝る。どうして謝る?いきなり撥ねつけたのは俺で、しかもあんたは三島一八じゃないか。三島一八は謝らないだろう。
「あ……その、」
俺は罪悪感で苦しい。あんたのせいでいろいろ苦しいんだからこれ以上苦しませるのは止めてくれ。
「仁」
李さんがやってきていつものように胡散臭い笑顔のまま俺を呼ぶと、ぐっと身を寄せてあの人の肩を抱いた。あ、そんな風に触ったらあの人がまた暴力をふるうのに。わかってるのに、俺より付き合いが長いんだから。それともわざと?ああ、変態なのかな。
しかし俺が思うようにあの人は怒らず、おとなしくしている。おとなしい三島一八は不自然だ、すごく変だ。いつもクソ蠅だの犬だの言ってるし粗暴なんだから殴ればいいのに、殴ると思ったのに殴らない。おとなしいままだ。
「仁」
「なんですか」
李さんはもう一度繰り返して俺を呼んだ。笑顔がにやけている、それは俺をからかえて楽しいっていう底意地悪い笑顔だ。
「はじめましてだろう、エンジェルさんだ。挨拶したまえ」
「……は?」
「エンジェルだ」
あの人と同じ顔で、同じ声で、同じ目で、
外見上で言えば俺が知る三島一八とまったく違いない人が、俺へと笑いかけてくる。
「……えんじぇる、さん?」
「まあな」
通称エンジェルさんが困ったように俺へと笑いかけた。